五歳 男児の着付け方

  五歳男児の祝い着は、父親と同じ紋付羽織袴です。男の子らしく成長したお祝いですから、
  凛々し く着付けてあげましょう。きものや長襦袢の肩揚げ、腰揚げを忘れずに。
    用意するもの

 
  1. きもの
  2. 羽織
  3. 長襦袢
  4. 角帯
  5. 腰紐(2本)
  6. 末広(白)
  7. 羽織ひも
  8. お守り
  9. 懐剣(かいけん)
  10. 白足袋
  11. 草履
1
 
 長襦袢を着せて腰紐を締め
 ます。
 衿元はぴっ たり合わせ、
 裾は短めにします。
 
2

 
 きものを着せ、
 下前から合わせます。
 半衿は、 1~1.5センチくら
 い出します。
 
3
 

 
 上前を合わせ、腰紐を締め
 ます。
 裾はくるぶし くらい、
 余分なしわやたるみを取り
 ます。
 
4

 
 
 帯を締めます。
 あまり強く締めて苦しくなら
 ないように注意し、
 二巻きします。
  5
 
 後ろ中心で、
 手先を垂れに重ねて一結び
 し、一文字に結びます。
 
6

 
 
 
 垂れを、
 袴の腰板の幅より小さめの
 長さにとって折ります。
 
7
 
 
 手先を中心に一巻きし、
 残った手先を帯の間 に
 差し込んで始末します。
 水平に形を整えます。
 
8

 
 袴をはかせます。
 袴の裾は足の甲くらいに、
 前ひもは帯と同じ高さに決
 め、体の中心に合わせま
 す。
9
 
 
 前ひもを締めます。
 後ろの結び目の上を通っ て
 一度交差させ、前に回し、
 脇で折り返してきれ いに重
 ねます。
10  
 
 
 後ろで、結び目の下で蝶結
 びにします。
 
11
 
 
 
 袴の後ろを背中につけま
 す。
 腰板に付いて いるへらを
 帯の間にはさみ、
 腰板を結び目の上 に
 安定させす。
 
12

 
 
 下記を参照して、
 十字に結びます。
 上下に出さずに一文字に
 もできます。
 
13

 
 
 末広、懐剣、
 お守りを脇に差して
 羽織を着 せます。
 背筋を伸ばして
 きりりとしたきもの姿に。
 

十文字の結び方

 
1  
 
 
 後ろの紐を前に回しま
 す。
2
 
 前紐にくぐらせます。
3
 
 
 もう1度通しておきます。
4
 
 
 紐幅の三倍の長さにしま
 す。
5
 
 
 中へ中へ折り込みます。
6
 
 
 前紐の上に水平に置きま
 す。
7
 
 中央を2~3回巻きます。
8
 
 
 よい長さに折り込んで、
 十文字に整えます。
  完成
 
Yahoo!ブックマークに登録 はてなブックマークに追加

どうして七五三って11月15日なの?

七五三の日付の意味 

元は、十一月の吉日を選んで七五三の行事が行われており、「十一月十五日」と決まっていたわけではない。
日 付が現在のように固定されてきたのは江戸時代の中頃。三代将軍家光が、後の五代将軍綱吉(幼名徳松)の病弱であることを心配し、これの無事成長を祈るため に、袴着の儀式を執り行ったのが十一月十五日。庶民もやがてこれにならい現在のように十一月の十五日に歳祝いを行うようになった。


十一月十五日はなぜ目出度い?

日の吉凶を占う方式の一つに二十八宿というのがある。現在でもまだ使われているが、昔は今以上に信じられていた(弘法大師が中国から持ち帰ったという話とともに有り難がられた)。
その二十八宿のうちで最良の吉日とされたのが「鬼宿日」。
この二十八宿には中国系とインド系の2つの系統があり、計算法が違うのだが、江戸時代の初めに日本で使われていた宣明暦はインド系の計算方式(二十七宿)であった。
この方式では十一月の鬼宿日は十五日。
「十一月の吉日に行う行事」であった子供の歳祝いの日付としては、最適の日だったのだろう。

鬼宿日と二十八宿◎鬼宿日とお釈迦様

「宿」とは中国で生まれた星座。二十八宿は月の通り道にある28の星座の意味。
月が28の宿の一つ、鬼宿にあった日にお釈迦様が生まれたと言い伝えられるところから、鬼宿日が最も目出度い日と考えられるようになった。
◎二十八宿の計算方式
二十八宿は古代中国の天文学から生まれたものである。これはやがてインドへ伝わり、占いの様相を帯びて中国に逆輸入され、日本にも仏典(宿曜経)として伝わってきた。
前にも書いたように、二十八宿には中国系(二十八宿)とインド系(二十七宿)がある。中国系の二十八宿は日の干支と同じく、一番目の宿から始まって、二十八宿まで行けばまた一宿に戻るという選日法である。
これに対しインド系の二十七宿は、月の朔日の宿が決まっていて、あとは順番に割り振ると行った六曜に似た選日法である。
であるから、二十七宿方式だと、月毎の鬼宿の日は毎年同じ日となる。この日付は次の表の通り。
十一月は十五日である

余 談

七五三と童謡「とおりゃんせ」
「とおりゃんせ、とおりゃんせ、ここは何処の細道じゃ、天神様の細道じゃ・・・」
よく知られた童謡のとおりゃんせは七五三の祝いに天神様にお札を納める模様を謡った歌。
何処の天神様かというと諸説あるが、川越城内にあった三芳野天神という説が有力。
神社が城内にあったため(元はと言えば神社があったところに城が後から出来たのだが)、
警護が厳しく、素振りを怪しまれでもすると、無事に出てこられないかもしれないと言うので、
「行きはよいよい、帰りは怖い」と謡われたのでは無いかと言われる。
とおりゃんせ異説・・・かわうその想像
それにしても何となくおどろおどろしいとおりゃんせの歌詞。上の説明だけでは何となく物足りないような気もする。
いろいろと想像を巡らしてみると、もしかしてと思うのが、「七つ前は神の内」という言葉。幼児の死亡率が高かったその昔は、七つを迎えるまではその子が無事に大人になるかどうか不確かな部分が多いとして、人間社会の構成員とは考えず、「神様の子」と考えた。
だから、子供が急逝してもそれは神が、自分の子を連れて行ったものと考えたわけである。
七つの歳祝いを過ぎればようやく子供は人間社会の一員として、神の手を離れるわけで、そう考えれば「七つのお祝い」は神の世界から人間の世界へ向かう最終試験のようなもの。
天神様に七つのお祝いのお札を無事に納め、子供と再び帰ることが出来るか、はたまた神が最後の瞬間に子供を連れ去って行くか。
「怖いながらもとおりゃんせ」だったのかもしれないと考えるのは、考え過ぎかな???

STUDIO MENU

THE SEVEN-fIVE-THREEfESTIVAL

七五三


A family photograph

家族写真


Omiyamairi

お宮参り


A coming-of-age ceremony

成人式


A wedding seremony

婚礼


A proof photograph

証明写真


Article photography

商品撮影


A pet photograph

ペット写真


Entering a entrance toschool

入園・入学


Graduation

卒業


Amaternity photo

マタニティーフォト


Baby's first annual festival

初節句


A gift token

ギフト券

Information Photo Studio

A web reservation

web予約

A web order

WEB注文

questionary

アンケート

Results introduction

実績紹介

A Japanese event

日本の行事

 A Seven Five Three
 Festival question and   answer

七五三Q&A

A meaning of photography
charges 0 yen

撮影料0円の意味

 Link

リンク

Business guidance

事業案内

Company profile

会社案内

Adoption information

採用情報

A bulletin board

掲示板

A privacy policy

 プライバシーポリシー

A site map

サイトマップ