七歳 女児の着付け方

 まだまだ幼さが残る年頃。
 初めて帯を結ぶのですから、苦しくないように愛らしく着付けましょう。
  用意するもの
  1, きもの 2,裾よけ 3,肌襦袢 4,祝い帯 5,帯揚げ6,しごき 7, 帯板 8,帯枕 9,長襦袢
  10,伊達締め 11,腰紐(3本)12,帯締め 13,末広 14,お守り 15,はこせこ 16,バック
  17,白足袋 18,草履 他に仮紐1本
 
1
 
 足袋をはかせ、裾よけ、肌襦袢を着せます。
 帯を締める位置に、タオルで補正しておきます。
2
 
  長襦袢を着せ 、腰紐を締めます。
 裾は、足袋 の上線あたりにくるように
 腰揚げしておきます。
3   体に合わせて肩揚げもしておきます。
 衣紋は 抜きません。
 腰紐は超結びにします。
4
 
   きものを着せ、
 上前で着丈と見幅を決めて、
 おはしょりを返します。
5
 
 腰紐を締め、
 後ろのおはしょりを整えます。
6  半衿を1.5~2センチ出して衿を合わせ、
 前のおはしょりを整えます。
7
 
 胸紐をつけ、
 伊達締めを締めます。
 きものの肩揚げも忘れずにしておきます。
8
 
 紐や伊達締めは苦しくないように、
 かといって 着崩れしないように、
 加減して結んであげましょう
 裾線は長すぎないように注意します。
9
 
 手先を2つ折りし、
 後ろに回って膝裏にくる長さ に右手で持ち、
 左手で垂れを持って体につけます 
10
 
 二巻き目で帯と帯の間に帯板を入れます。
11
 
 垂れを後ろに回して、手先を引き出します。
12
 
 手先を上に重ねて一結びします。
13
 
 垂れを肩幅より広めにとって、
 内側に折り込 んでいきます。
14
 
 折りたたんだ垂れの中心を山ひだをとります 。
15
 
 仮紐を通します。
 紐の中心が結び目の下で 輪になるようにします。
16
 
 垂れを押さえながら、
 仮紐の両端を輪の中 に通します。
17
 
 両端を引き上げて、
 前に回して超結びにしま す。
18
 
 結び目を帯の間に入れておきます。
19
 
 手先をきれいな二つ折りのまま
 中心にかぶ せます。
20
 
 手先の内側に帯枕を入れ、
 枕の紐を前で結 びます。
21
 
 帯揚げを帯枕にかけて通し、前にあずけます。
22
 
 帯締めを通し、
 帯幅の半分に手先を折り返します。
23
 
 帯締めを前にまわって結びます。
24
 
 垂れの下から2枚目の垂れを引き出します。
25
 
 左右の羽をきれいに形作って整えます。
26
 
 帯揚げを三つ折りにし、
 下前側は脇で帯の間 にはさみます。
 上前側はやや斜め上ぎみに上前の
 内側にはさみ入り折りにします。
27
 
 しごきを7~8センチ幅に折って、
 帯の下の線に沿って二巻ほどし、
 左後ろ側でかわいらしく結びます。
28
 
   両肩から羽が少しのぞくくらいがよいでしょう。
 帯結びの大きさは、
 体に合わせてバランスよく決めて下さい。

 
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どうして七五三って11月15日なの?

七五三の日付の意味 

元は、十一月の吉日を選んで七五三の行事が行われており、「十一月十五日」と決まっていたわけではない。
日 付が現在のように固定されてきたのは江戸時代の中頃。三代将軍家光が、後の五代将軍綱吉(幼名徳松)の病弱であることを心配し、これの無事成長を祈るため に、袴着の儀式を執り行ったのが十一月十五日。庶民もやがてこれにならい現在のように十一月の十五日に歳祝いを行うようになった。


十一月十五日はなぜ目出度い?

日の吉凶を占う方式の一つに二十八宿というのがある。現在でもまだ使われているが、昔は今以上に信じられていた(弘法大師が中国から持ち帰ったという話とともに有り難がられた)。
その二十八宿のうちで最良の吉日とされたのが「鬼宿日」。
この二十八宿には中国系とインド系の2つの系統があり、計算法が違うのだが、江戸時代の初めに日本で使われていた宣明暦はインド系の計算方式(二十七宿)であった。
この方式では十一月の鬼宿日は十五日。
「十一月の吉日に行う行事」であった子供の歳祝いの日付としては、最適の日だったのだろう。

鬼宿日と二十八宿◎鬼宿日とお釈迦様

「宿」とは中国で生まれた星座。二十八宿は月の通り道にある28の星座の意味。
月が28の宿の一つ、鬼宿にあった日にお釈迦様が生まれたと言い伝えられるところから、鬼宿日が最も目出度い日と考えられるようになった。
◎二十八宿の計算方式
二十八宿は古代中国の天文学から生まれたものである。これはやがてインドへ伝わり、占いの様相を帯びて中国に逆輸入され、日本にも仏典(宿曜経)として伝わってきた。
前にも書いたように、二十八宿には中国系(二十八宿)とインド系(二十七宿)がある。中国系の二十八宿は日の干支と同じく、一番目の宿から始まって、二十八宿まで行けばまた一宿に戻るという選日法である。
これに対しインド系の二十七宿は、月の朔日の宿が決まっていて、あとは順番に割り振ると行った六曜に似た選日法である。
であるから、二十七宿方式だと、月毎の鬼宿の日は毎年同じ日となる。この日付は次の表の通り。
十一月は十五日である

余 談

七五三と童謡「とおりゃんせ」
「とおりゃんせ、とおりゃんせ、ここは何処の細道じゃ、天神様の細道じゃ・・・」
よく知られた童謡のとおりゃんせは七五三の祝いに天神様にお札を納める模様を謡った歌。
何処の天神様かというと諸説あるが、川越城内にあった三芳野天神という説が有力。
神社が城内にあったため(元はと言えば神社があったところに城が後から出来たのだが)、
警護が厳しく、素振りを怪しまれでもすると、無事に出てこられないかもしれないと言うので、
「行きはよいよい、帰りは怖い」と謡われたのでは無いかと言われる。
とおりゃんせ異説・・・かわうその想像
それにしても何となくおどろおどろしいとおりゃんせの歌詞。上の説明だけでは何となく物足りないような気もする。
いろいろと想像を巡らしてみると、もしかしてと思うのが、「七つ前は神の内」という言葉。幼児の死亡率が高かったその昔は、七つを迎えるまではその子が無事に大人になるかどうか不確かな部分が多いとして、人間社会の構成員とは考えず、「神様の子」と考えた。
だから、子供が急逝してもそれは神が、自分の子を連れて行ったものと考えたわけである。
七つの歳祝いを過ぎればようやく子供は人間社会の一員として、神の手を離れるわけで、そう考えれば「七つのお祝い」は神の世界から人間の世界へ向かう最終試験のようなもの。
天神様に七つのお祝いのお札を無事に納め、子供と再び帰ることが出来るか、はたまた神が最後の瞬間に子供を連れ去って行くか。
「怖いながらもとおりゃんせ」だったのかもしれないと考えるのは、考え過ぎかな???

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